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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)354号 判決

上告人

安生シゲ

右訴訟代理人

横堀晃夫

被上告人

安生秀夫

外三名

右四名訴訟代理人

増渕實

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人横堀晃夫の上告理由について

共同相続人の一部が相続の放棄をすると、その相続に関しては、その者は初めから相続人とならなかつたものとみなされ、その結果として相続分の増加する相続人が生ずることになるのであつて、相続の放棄をする者とこれによつて相続分が増加する者とは利益が相反する関係にあることが明らかであり、また、民法八六〇条によつて準用される同法八二六条は、同法一〇八条とは異なり、適用の対象となる行為を相手方のある行為のみに限定する趣旨であるとは解されないから、相続の放棄が相手方のない単独行為であるということから直ちに民法八二六条にいう利益相反行為にあたる余地がないと解するのは相当でない。これに反する所論引用の大審院の判例(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁)は、変更されるべきである。しかしながら、共同相続人の一人が他の共同相続人の全部又は一部の者を後見している場合において、後見人が被後見人を代理してする相続の放棄は、必ずしも常に利益相反行為にあたるとはいえず、後見人がまずみずからの相続の放棄をしたのちに被後見人全員を代理してその相続の放棄をしたときはもとより、後見人みずからの相続の放棄と被後見人全員を代理してするその相続の放棄が同時にされたと認められるときもまた、その行為の客観的性質からみて、後見人と被後見人との間においても、被後見人相互間においても、利益相反行為になるとはいえないものと解するのが相当である。

ところが、原審は、後見人がその共同相続人である被後見人を代理してする相続の放棄は、自己及び被後見人全員について相続の放棄をするときであつても、常に利益相反行為にあたるとの見解のもとに、(1)昭和二三年二月二六日に死亡した安生善一郎の相続人は、同人と先妻亡タカとの間の子でいずれも成年に達している芳郎、三雄外五名と、後妻亡キワとの間の子でいずれも未成年の被上告人ら四名との一一名であつた、(2)被上告人らの後見人に選任された三雄の名義で、同年五月一〇日宇都宮家庭裁判所に、被上告人らは相続の放棄をする旨の申述があり、右申述は同月一七日受理された、(3)タカとの間の子も、芳郎を除き、三雄外五名が相続の放棄をした、との事実を確定したのみで、三雄の相続の放棄と被上告人らの相続の放棄との各時期について触れることなく、三雄が被上告人らを代理してした相続の放棄は利益相反行為にあたり無効であるとして、被上告人らの上告人に対する本訴請求を認容した。この原審の判断は、民法八六〇条によつて準用される同法八二六条の解釈を誤つたものといわなければならず、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、三雄の相続の放棄と被上告人らの相続の放棄の各時期等についてさらに審理を尽す必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告代理人横堀晃夫の上告理由

一 原判決は、その理由四において、民法八六〇条によつて準用される八二六条一項、二項に云う「利益相反行為とは、行為の客観的性質上、後見人と被後見人間ないし、数人の被後見人等相互間に、利害の対立を生ずるおそれのあるものを指称するのであつて、その行為の結果現実にその者らの間に利害の対立を生ずるか否かは問わないものと解すべきである。相続の放棄は、本来単独行為であるから、それ自体利益相反の問題を生じないかの如くであるけれども、数人の共同相続人ある場合の相続放棄は、その者について相続によつてうける利益を失わしめる効果を生ずる反面、他の共同相続人に相続分が当然増加する効果をもたらすものであること、あたかも遺産分割の協議における場合と同様であることにかんがみると、数人の共同相続人ある場合における相続の放棄は、その行為の客観的性質上、相続人相互間に利害の対立を生ずるおそれのある行為と解するのが相当である。」と判示する。

右八二六条一項、二項の解釈は、判例(大審明治四四年七月一〇日民二判、明治四四年(オ)第五六号等)に違反するものである。相続放棄の陳述は単独行為であり、しかも特定の相手方が存するものではなく、原判決の右解釈の如く単に派生的に他の相続人の相続分を左右しているに過ぎないものであり、原判決は民法八二六条の解釈を誤つているものである。

二 〈省略〉

三 〈省略〉

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